手帳(2)

 男はもう三十代半ばだというのに、ワンルームのマンションに一人暮らしだった。住み始めて三年になるその部屋は、本やCDが多少散乱している他は割合と綺麗に整頓されていて、小さなキッチンにも洗い物がたまっているようなことは無かった。帰宅すると、真っ先にコーヒーメーカーをセットし、コートを着たまま床の上で袋の中身を取り出す。

 小さな本体の割に大きな箱の中には、分厚いマニュアル類や付属品が入っていた。箱を全て開け終わる頃にはコーヒーが入ったので、洗いかごの皿の下からコーヒーカップを取り出して、今日三杯目のコーヒーを注ぐ。こうしたマニュアルは素人向けに書かれてあるので、その方面に心得のある男は要点だけにさっと目を通し、後は実際に使いながら試すことにした。

 触ってみるとこれが結構面白く、男は早速、自分の手帳の内容を片っ端から電子手帳に移し換え始めた。膨大に思われた連絡先のリストなども、いざ始めてみると、意外とあっけなく終わってしまった。二・三週間もすると、仕事以外の情報、銀行口座、クレジットカードから、家族の誕生日、たまにでかける飲み屋の場所まで、ほとんどありとあらゆることが手帳に納まってしまった。しかし、メモリーを最大限に増設したこともあって、手帳のメモリはまだほとんど100%近く残っている。

 子供の頃、男がはじめてコンピューターに触れた頃には、メモリーの大きさは非常に限られていて、しかもとても高価だった。64キロバイトのメモリーが大容量と言われていた時代だ。その限られた中で、色々なプログラムを作って動かしていた。そして、いつも
「もっとメモリーがあったらなぁ・・・」
と思っていたものだ。

 実のところ、オーディオマニアが意味もなく大きな出力のアンプを欲しがるように、その当時 大きなメモリーが本当に必要だったのかどうかはいささか怪しいけれども、まあ、ものを欲しがるというのは大体がそんなものだ。その後、コンピューターはどんどんと高速で大容量になりメモリーの量も天文学的な数字にまで増えてきたけれども、男の「メモリー渇望症」はそのままで、新しい機械を買う時には、いつもメモリーを最大限まで増設するようにしていた。

 その電子手帳には、データだけでなく色々なアプリケーションプログラムを登録することもできた。メールの読み書きやインターネットはもちろん、目覚まし、運勢判断、健康診断やダイエットの指南、レストランの選定、遊び場所の案内など、生活に関わるほとんど全てをこの電子手帳が「助けて」くれる。そうこうするうちに、男が愛用してきたバインダー式のシステム手帳は机の引き出しにしまい込まれ、もう二度と書き込まれることはなかった。システム手帳は電子手帳に比べて何倍も重く、大きく、そして中身は空っぽだったのだ。

 そうして数ヶ月が経過した・・・

つづく


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© 2002 Yoshinori Hayakawa